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独身者の独身者による独身者の為の趣味のススメ

当サイトでは結婚に関する記事をいくつか執筆していますが、全て独身者の目線です。




 

個人が結婚に関してどのようなイメージを持つかは様々ですし、そこに至る過程も様々です。そこに関して、今回は多くを触れることは致しません。

 

  参考リンク(当サイト内記事)

独身を謳歌する独身男性になる、ということを考える

 

さて、独身を謳歌するのは確かに素晴らしいことですが、しかし独身者が真に独身との厳しい闘いを強いられるのは、どうやら40代以降のようです。また、それより前であっても、休日を目的もなく過ごしてしまうと、とんでもなく寂しく、虚しくなることもあります。

 

今回の記事執筆の目的は、いざ独身後期に足を踏み入れた時、いかにして充実した時間を過ごせるか、ということを考えることです。 40代の独身生活が精神的に深刻であると仮定して、それに向かい、まだ時間的に余裕があるうちに考えていくものであります。

 

 

独身者(生涯)にオススメの趣味~考え方編

一つ一つはのちほど列記していきますが、趣味の条件として、まず大事な目的は、精神の安定を保つことです。その手段として、すぐに終わるものではなく、時間を大量に使うこと。加えて自己の成長となること。かつ、その中でイメージ力を養うこと。

 

何かを夢中になって考えるというだけで、人はそこに充足感を見出します(多分)。それは自己満足とかでも構いません。

 

楽しいことはもちろん、困ったことを解決する流れでも、一定の充足感は得られます。また、解決できないまでも、知識を増やし、問題に立ち向かったということで、いくらかの自己満足を得られるものです。また、考える力を養うことで、多くの事案に柔軟に対応する力も磨かれます。

 

独身者の生活スタイルは様々です。本当に孤独な人もいれば、人の多い職場で、仕事に夢中になって、孤独を感じない独身者もいるでしょう。

 

私は先々、孤独な独身者になると思われます(常識的な人付き合いは続けますが)。そういう時、他者とそれとなく比較し、自分の出来具合を自分で認めてあげられること。それはきっとこの上なく大事なスキルなのではないかと思うのです。

 

その上で、自分に対して厳しくすることで、成長速度を高め、また、精神的にも高みに向かうことが出来ます。そのような成長要素と、それを認識すること。それも一人で生きていく為には不可欠です。

 

参考記事(独身男のド定番)

40代男性におすすめのアクティブな趣味ベスト5!1人でも楽しめます!

 

 

個人的におすすめの趣味

それではいくつかオススメの趣味をご紹介させて頂きます。とはいえ、一つ一つを細々と記載していても収まりが付かないように思えましたので、手段の一つという考え方を中心とし、言わば基礎の基礎の部分を集めました。

1.筋トレ

画像はpixabay様より

文句なしですね。実益を伴う最高の趣味です。やりすぎはもちろん毒ともなってしまいますが、時にはその毒さえ魅力的に感じられることもあります。

 

毒とは限界を超えた先の苦しみですが、そこを上手に乗り越え、適切なケアを行えるのなら、確実に自身としてのレベルを上げることができるでしょう。

 

限界を知り、突破する。それを繰り返すことは精神的にも人を大きくさせます。また、突破できないまでも、自分の体調管理、今のステイタスの確認なども出来ます。これも大事なことです。

 

筋トレの効能としては、体力増強やダイエットなどなど、まあ言い尽くされた感はありますね。筋トレが持続できて、そこそこ筋肉を持つと基礎代謝が上がります。すると単純に太りにくくなります。

 

肥満は不健康の元です。独身者にとって、肥満と喫煙は百害あって一利なしです。

 

独身者は頼れる人が自分しかいません。不健康を身に染みて感じる際―例えば風邪を引いたり、軽いケガをしたり―に人は独身、一人であることを、もっともツラいと思う傾向があります。そしてその状況を不幸せだと感じ、独身で良かったのかな……という思いに駆られるなど、その不自由をきっかけにして、負の連鎖が引き起こされます。

 

その機会を純粋に減じられる以上、独身者にとって筋トレは最適な趣味になると考えます。

 

2.勉強・学習・研究

非常に幅が広いですね。ただ、私が何を伝えたいかというニュアンスは、なんとなくお分かりになるのではないでしょうか。

 

総合的な知識を増やすことは、生活を豊かにする第一歩です。加えて、最近、知識の層は、ことごとく深化が進んでいます。仮にごく狭いニッチな事柄を学習したり考えたりすることで、時にかなりの熟練者とみられることもあるでしょう。

 

一昔前は、それらを学習したり、知ることさえ困難なものもありました。ましてやそれに関する道具を手に入れたり、発表する場所なんてもってのほかです。

 

しかし、今はグローバル化・IT化の恩恵もあり、以前より遥かに、それらへの敷居が低くなりました。

 

人が知らないことを知っている、例えそれがどんなくだらないことでも、一生懸命、自分が自分にとって必要だと思い、楽しんで身に着けた知識であれば、虚しさはないでしょう。

 

目に見える形を欲するならば、資格試験などもありますし、今は趣味、そしてその中の非常に狭い部分に特化したブログも多く存在します。その過程でPCの知識も増やすことができるでしょう。PCの知識はこれから先、すべてのインフラとなりうるものです。

 

学習が得意(慣れる)になってくると、色んなことに、柔軟に反応できるようになります。別の角度から物事を眺めたり、今まで発見しえなかったことが、別の何かを勉強したことがきっかけで見えてくることもあります。また、読書を含めた広義の学習は、確実にその人に「深み」と「落ち着き」を与えます。成人男性にとって、それらが欲しくないという方は少ないでしょう。

 

気軽な読書を入り口として、その先に研究や学習が広がっていることも多いです。

 

例えば、とある作家の本を収集し読破し、コメントを各作品に対して記していく。そういう趣味の延長の先に「研究」があります。趣味が勉強とか研究とか、確かに他者に言いにくいですが、その素材となるものはそこかしらに転がっている、ということです。

 

人生を豊かにし、他人とは違う人間になる為に、他でもない自身が選んだ「学びたいと思ったこと」を学んでいく姿勢は不可欠です。それは様々なチャレンジ精神を呼び起こし、新たな学習への障壁を取り除く助けも果たします。

 

3.創作性を持つもの

これは大本の部分で述べましたね。創作性というのは言葉は難しいですが、限りなく少ない素材、もしくはゼロから何かを作り上げていくものです。これも深く考えてはいけません。例えば部屋の模様替えなども、何かの意図をもって行うのなら、それは立派な創作活動になるのではないでしょうか。

 

園芸をするにしても、鉢植えの中の植物をどういう配置にするか、それを考えることも創作の始まりです。詳しくなるにつれ、花の形や色だけではなく、葉の重なり具合や、ほかの植物との兼ね合いも考えるようになったり、様々にアレンジ性が生まれます。

 

創作にはもちろん上手や下手があります。それは時に悔しさともなり、より一層その創作の道を切り開いてくれるでしょう。

 

何かを作り、評価される。他人のものを評価し、そして理解する。若い頃は誰でもそれをやっていました。しかし、年を取るにつれ、その柔軟性は失われていきます。変なプライドが出てしまうからです。それを食い止めるためにも、自分で創作の苦労を知り、それを知っているであろう他者の存在と苦労を認め、その作品を認めること。その精神があれば、たとえ生活は一人でも、その方を理解してくれる方は必ず現れるものです。

 

「創作」と聞いて、怖気づかないことが大事です。「創作」も広義でいえば知的活動の一種でしかありません。私のこの執筆も「創作」ですし、部屋の配置を考え、独自のもの・効率性を高める仕組み・システムを作ることも広義の「創作」なのです。

 

 

独身者の独身者による独身者の為の趣味のススメ~まとめ~

画像は「pixabay」様より

独身 中年 男性」というワードを聞いて、どういうイメージを思い浮かべますでしょうか?

 

はっきりいいますと、そのワードの集まりに、肯定的なイメージを浮かべる方は少ないでしょう。少なくとも私はこれらの文字を見ただけで、汚らしいオッサンを思い浮かべます。

 

太って、自己管理がなってなくて、むやみにうるさくて、タバコくさくて、大股で座って、顔はたるみ、腹は出て、浅黒い肌で、配慮がない。そういう一昔前の中年独身男性への目線は厳しいものです。

 

社会はこの十年~二十年の間に大きく変わりました。また、これからも変わり続けるでしょう。そういう前時代的な独身男性にならない為に、すぐにできることは沢山あります。体を使いましょう、頭を使いましょう。どちらも使わなければどんどん錆びていきます。

 

しかし、仕事で頭・体を使うだけでは、新たな価値観・知識は創造されません。ハングリー精神を鍛えられる趣味を持ちましょう。凝り固まった中年、老人は痛々しいものです。他者の意見を聞き入れる度量がないために、会話そのものが成り立たず、間違った振る舞いを正すことができないのです。

 

そういう人は寂しく、不幸な人生を送ります。話し相手もなく、夢中になれるものもなく、死ぬこともできず、かといってやるべきこと・やりたいこともない。他者を理解しようとせず、痛みを理解しようとせず、憐れみを感じることができないものは、結局、憐れみをかけられることもないのです。

 

その人がどういう人間か、それは加齢に従い、どんどん表に出るようになりますし、周囲もそれを察知する力がどんどん増えていきます。あなたは誰をどう評価し、誰にどう評価されていきたいでしょうか。それを今一度、考えてみて頂きたいと思います。

 

以上、最後までお読みいただいてありがとうございました。当記事が何らかの参考になりましたら幸いです。