面倒な人付き合いは、きっぱりと辞める勇気を持ちましょう_02

面倒な人付き合いは、きっぱりと辞める勇気を持ちましょう

最近、そう多くはないですが、人付き合いについて記載した記事へのアクセスがちょくちょくあります。という訳で、ちょっと似たお話を記載いたします。




 

参考リンク(自サイト)

こういう人間とは付き合ってはいけない_ガイドライン

 

思えば、人間関係を煩わしいと考える機会が減ったように思います。いつが最大だったかというと、学生時代、もしくは社会人に成り立ての頃がそうだったように思います。今にして考えれば、どうしてあの頃はそんなに真剣に悩み、考えていたのかと不思議にもなります。

 

人付き合いというもの、そのもを変えることは難しいですが、考え方を変えることで、その在り方を変えることはできると思います。

 

 

人付き合いの大切さを思い知らされた私ではありますが…

現状、私に友人と呼べる人の数は片手の本数で足りるほどです。ただ、人の名前とか、どういう人間かと分かる程度の関係は、それなりにいます。色々とブラブラしていますので、出会いと別れの経験は多い方ではないかと思います。

 

これまで、仕事上での出会いと別れを繰り返す中で、プライベートで遊ぶ関係に繋がったのは一割もありません。職場という括りでの飲み会というものはもちろん経験しましたが、それから友人関係に発展することはほぼありませんでした。

 

仕事で出会わなければ、もう少し近い関係になれたかも知れない、というものもあるかと思います。仕事関係から始まる出会いって、面倒の元になりそうで、私はあんまり発展させたくないです。

 

お互いを知り合わないと、スムーズにできない仕事だとそうではないでしょうが、大体の仕事は表面上の関わりですむのではないでしょうか。昔に比べて、個人個人の距離というのは離れていますのでで、こちらから距離を詰めようとも思いません。

 

そういう感覚で過ごして来た結果、二十台の半ばから、人付き合いで真剣に悩むようなことは少なくなって来ました。もちろん、嫌な人間はいます。プライベートでは関わりたくないですし、できれば一緒に働きたくもないです。ただ、仕事であるなら関わらなければなりません。

 

解決方がない訳ではありません。ただ、これはずっと同じ上司や同僚と過ごす必要がある場合には使いにくいかも知れません。私は基本、ぶらぶらして来ました。プライドもあまりありませんので、嫌な相手がいればすぐに抜け出すことができます。

 

 

嫌な人間、詰まらない仕事との付き合い方

嫌な人間との関わりですが、仕事上であれば、その人間に頼るようなことがなければいいのです。つまり、自分の業務(守るべきテリトリー)をきちんと区切り、仕事に集中すること。最低限の事務処理、及び相談は必須となりますが、それを手段として捉えられるようになるまで仕事に集中できるようになると、あまりその人間そのものの印象が感じられなくなります。

 

そうなると、時間も早く過ぎるようになり、かえって一日一日が薄まっていくのです。よく頑張った次の日など、昨日何をしたかあまり覚えていない、という経験があるのではないでしょうか、

 

ただ、そこが暇な職場だったり、自分から業務を探し、そこに力を割けないような状況だと、対策は難しいでしょう。そんな時は職場を変えるか、自分を変えるか、もしくはその環境に注ぐ力を減らして、他に居場所を作りましょう。副業でもいいです。この本業は、現在、自分の本気ではないと思うことです。

 

いずれにせよ、「その人、及びその人々」に焦点を当てて考える時間を減らすことです。一つのことに突き進むか、マルチに物事をこなすか、どちらかに決めて進みましょう。もちろん両方を取ってもいいです。そうすると必然的に自分に必要なものが多くなりますし、それぞれの物事の比率が相対的に薄まっていきます。

 

参考リンク(自サイト内)

仕事を辞めたい、辛いと思った時に読んで欲しいもの

 

時代と共に変化する対人関係

現代社会は変化が大きく、時代によって、もしくは置かれた環境や立場によって、考え方の修正をしていく必要があります。

この現代社会は孤独主義者にはもってこいです

私は今まで触れ合って来た方々だったり、同級生だったり、そういう人々がどういう風になっているかと、ほとんど興味がなくなっています。それより、自分の興味のあることの方が大事です。これまで付き合いのあった連絡先も、こちらから連絡する必要はないだろうと思えば、数ヶ月ごとにまとめて削除しています。

 

一人でできることを増やすのもいいかと思います。みんなでワイワイやることが好きだとしても、やはり一つ二つくらいは、一人でモクモクと行える(時間を忘れて集中できるような)趣味があれば、そちらに没頭することで、自分の価値を再認識できたり、傷付いた心を癒すこともできます。

 

ただし、その場合、全ては自己責任です。本当に必要な方だったり、手段となりうるものは残しておきましょう。また、人付き合いから逃げるということは、いざという時、他人に簡単に甘えることはできないということです。

 

これはいいことですが、悪いことでもあります。常に先々を予測し、なるべく人を頼らないような生き方を身に付ける、こういう姿勢を身に付けることが大事だと思います。

 

幸い、現代は一人で生きることが容易になっています。インターネットがあれば孤独は紛らわせますし、必要な情報もすぐに手に入ります。かつてはそういう密な情報というのは、個々人で形成されたネットワークからの入手が主な手段でしたが、今は敷居が低くなっています。周囲にその道に詳しい方が全くいなくても、それに関して書かれたいくつかのブログやホームページを見ていれば、それとなく知識はつきます。あとは実行だけですね。

 

人は他人をそれほど見ていない

私は誰からも見られていないという認識を持っています。また、私も他人を見ません。週に何度か会う人でさえ、髪型を変えたとか持ち物を変えたとか、近しい人間以外、全て興味の外に置くことができるようになりました。

 

他人のその目で私を見てみると、気が楽になります。世間一般から見て常識を守り、おかしいものでなければ、日々の服を選んだり悩む必要もないですし、髪型が決まらなくてもどうでもいいようになります。こうすると行動力も出て来るようになり、自分らしい生き方を探すのに役立つことだと思います。

 

自信を客観視することは大事ですが、しかし過度に他人目線で生きていくと、それだけで疲れてしまいます。

 

群れなければ何もできないって、恥ずかしくはないですか?

一人で行動するということは、寂しさもあるかも知れませんが、拘束されることによる不自由からは逃れられます。

 

そう親しくない誰かと食事に行くより、漫画本でも置いてあるところで一人で食事をした方が有意義ですし、カラオケなんかも一人で行くのが普通になれば、他人のどうでもいい歌を聞くこともなくなります。

 

本やスマホを常備していれば、いつでも欲しい情報を仕入れられるでしょう。そもそも、ある程度成長すると、他人と同じように成長することはできないと感じるようになります。趣味は年を経るに従い細分化しますし、現代社会はそういう括りが非常に多くなっています。

 

突き詰めれば突き詰めるほど、周囲一般とは話が合わなくなります。今はネットでの出会いだったり、地域でのコミュニティを求める方が効果的です。

 

ただ、一点だけ注意があります。そういう所では趣味に関するやり取りだけに努め、なるべく個人個人の話に会話を落とし込まないこと。そういう点を守れば、お互いに気疲れすることもないでしょう。例えば、スポーツジムで身の上話をするなど、ゆくゆくは面倒のきっかけになりかねません。

 

一人でいることは決して恥ずかしいことではありません。むしろ、誇らしく思うことだと個人的には感じています。

 

参考リンク(イワド新報様)

「頭のいい人ほど友人が少ない!?」驚きの事実とその科学的理由

 

習慣を変えることは、過去を捨てることではありません

お金持ちになる習慣の一つに、お金を使わなければ新しいお金は入ってこない、というものがあります。古い人間関係や物はどんどん捨てて、次に備えて新規メモリーを作りましょう。

 

ただ、それらは完全になくなった訳ではありません。脳のどこかには眠っていますので、いざという時には出て来てくれるものです。人はそれほど人を見ていません。人ばかり見る人は面倒な人です。一人で先に進めない人間とは距離を置いて、もっと自分だけの人生を気楽に生きてみましょう。

 

 

面倒な人付き合いは、きっぱりと辞める勇気を持ちましょう~まとめ~

現代社会で生きる以上、人付き合いは避けては通れないものです。そして、他人を変えることは困難です。それならば、まずは自分が変わること、そして他人を理解しようと努めることが、人間関係を改善する第一歩です。

 

しかしながら、その方向性が困難であるならば、無理にそこに自分を落とし込む必要はありません。きっぱりと捨ててしまえる方法はないか、そちらの方向に考えを持っていく方が楽で、かつ有意義なこともあります。

 

以上、最後までお読み頂き、ありがとうございました。当記事が何らかの参考になりましたら幸いです。