生と死に関する個人的考察 by墓場ネット_イメージ画像

生と死に関する個人的考察 by墓場ネット

生きるか死ぬか。軽々しく口に出せども、実際に深く身に染みて感じたり、更に深く考えることは日常的には少ないのではないでしょうか。病気になればいつもよりは考えるかも知れませんが、それは一時的なものだったり、もしくは極端なものであったりします。

 

今回はちょっと重たいこのテーマに関して、しっかりと考えながら、しかし気ままに思い浮かんだことを書いていこうと思います。

 

尊厳死-death with dignity-を考える

尊厳死は、安楽死、もしくは無意味な延命措置に対する意見などとも非常に近い問題です。こちらには一般財団法人で日本尊厳死協会というものがあるようです。また、イタリアでは2018年、尊厳死に関する法律が認められ、そしてスイスでは安楽死が行われている模様です。また、アメリカでは呼吸維持装置に対する考えも随分進んでいるようですね(wiki「尊厳死」より)。

 

そして、WHOによる2018長寿ランキングでは、日本は総合一位、男性二位、女性一位という素晴らしい結果を叩きだしています。健康寿命に関しても高ランクです。

 

参考リンク

 

長寿に関しては納得ですが、しかし健康寿命に関しては、ちょっと私は疑問を持ちます。日本は寝たきりの人が多い、というような記事も見かけますよね。

 

私自身の考えですが、人を生かすことはとても大事だと思います。ただ、その逆も非常に大事だと思います。例えば回復の見込みのない延命措置や、意思のない状態での生存に関して。人によっては、そうなった状態で生かされることは苦痛以外の何物でもないかも知れません。私も一応、拙いものですが、遺言書にそれに関する記載をしています。ですが、この国ではそれは意味がないことなのかも知れません。予めそのような無駄な延命を望まないという意思の表明が確認できる時であっても、人を生かせる可能性がありながらその措置を施さないことを、どういう事情があっても大罪と断じてしまう社会です。

 

終わりよければ良し、逆もまた然り。もちろん考え方は人それぞれです。どういう風に生きていきたいかというテーマと同時に、どういう風に死んでいきたいか、それも、もっと社会的に認められるような世の中に変えていきたいものです。

 

 

安楽死について

生と死に関する個人的考察 by墓場ネット_イメージ画像

画像転載元(pixabay

2019年現在でも少子高齢化は大きな問題となっています。しかし、これはまだ序章に過ぎません。そもそも平成に入った段階から、有識者がこの危機に気づいておきながら、政府としての対策は常に後手に回っています。

 

以下、個人的な考えになります。

 

今は社会の高齢化は完了し、それから少子化が目立って来ました。次には人口減少が始まるのですが、それはまだ少し時間が掛かるでしょう。高齢者がなくなってもすぐに補充され、それが先々30年程度は続くのではないかと思っています。既に社会保障は限界に近い中、更に悪化した状態の中、数十年も突き進まなければなりません。年金は減るでしょうし、先日、老後に2000万の貯蓄という話題が取り上げられました。私は現在の50代のくらいなら、ほぼ全員がその可能性について気が付いているものと考えていましたが、実際はそうではなかったようですね。誰もが年金だけで暮らしていける、そんな幻想を多くの方が抱いていたことに対し、素直に驚いた次第です。

 

もし私が高齢者となり、貯蓄もなく自分で稼げない、かつ働くこともできない状態にあったなら、安楽死を希望したいです。この辺り、他の方がどう考えているかはあまり分かりません。もともと私は生きる必要があるから生きていますが、それがなくなれば生に対する執着はそんなにない方だと思っています。安楽死が合法となるにはかなりのハードルがありますが、それぞれの個人の意思・置かれた状況などを全て差し置いて、無理矢理にでも人を生かすというのは、それはそれで考えものです。

 

ただ、一時の感情で本当に死を選ぶことがあってはなりません。そういう意味でそこをどう評価するか、という指針が持てない、もしくは自然には持ちえないのが実情です。実際、若い頃の悩み、もしくは金銭的な悩みというのは時に人を死に追いやります。ですが、人に話す・時が経つ・向き合って問題の本質を変える、などということで解決できる可能性もあります。特に思春期の頃の悩みなどは、おじさんおばさんになれば、本当にどうでもよくなるものです。

 

人生はそういう悩みの連続でもあり、耐性を付けていかなければなりません。その過程で倒れてしまうことは誰も望みません。

 

死ぬというのは取り返しのつかないことです。ですが、それを意思でどうにか出来るのでしたら、人の生き方、死生観もまた、次世代向けに大きく変わるのではないでしょうか。

 

 

終活のススメ~エンディングノート~

いつか時間を見て、本格的に終活を進めていこうと思います。いえ、終活に備える、ということの方が正しいのかも知れません。

 

現時点で、自分がどういう契約をしていて、何を持っていて、ということのメモ書きはあります。また、先に書いたように、何かあったらこうして欲しい、とかですね。しかしながら、終活には様式があるようでありません。かつ、今まではセルフで備えていくものだったのですが、これからは一本化されてビジネス化されていくかも知れません。遺言状のシンプルなものが出来てくるといいですね。

 

実際、その方が安全ですよね。GOの合図が自分で打てないのですから、もし自分が倒れた時に、自然にスタートするような流れでスムーズに事が済むのが一番です。終活も幅の広いものでありながら、まだしっかりとしたものが定まっていないように思います。本当に個人で記載する必要があるものは何か、ということを考えていく必要があります。

 

こちらは近日中に、私自身で考えて必要な項目をピックアップしてまとめ、別記事にまとめていきたいと思います。とはいえ、ずっと前にも同じようなことを記載しましたが、なかなか腰が重い状態が続きます……。

 

参考リンク(墓場ネット)

墓場ネットと聞いて頭に思い浮かべること

 

生と死に関する個人的考察 by墓場ネット~まとめ~

当記事は、執筆開始当初からかなり時間が経ってしまったものです。改めて私自身、生きる事を考えさせられながら、推敲を進めました。

 

多くのものがデジタル化した時代、本人にしかわからないことが非常に多くなって来ました。例えば、ネットバンクやネット保険だと、もしかすると親族さえその存在に気が付かない可能性さえあります。

 

生きて来たことをまとめることは、人生を振り返り、軽く清算し、そして次に向かうこと。流動的な社会の中で、立ち止まることは時に面倒ですが、それでも自分の足跡は残しておきたいものです。

 

以上、最後までお読みいただきありがとうございました。当記事が何らかの参考になりましたら幸いです。

スピリチュアル・哲学の最新記事8件