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衰退国家として、未来の見えない日本国

2020年になりましたね。令和になってから初めての年始、いかがお過ごしでしょうか。……などと、何となくめでたい雰囲気を醸し出してみましたが、今回は「衰退国家として、未来の見えない日本国」というタイトルを掲げている通り、非常にバイオレンスな内容です。

 

参考リンク(墓場ネット)

 

目前に迫った、とまではいえないですが、すでに待ったなしの2025年問題。今回はそんな問題を考えてみたいと思います。いろいろと直球で攻め、口汚い本音を織り交ぜています。

 

果たして我々は2025年を境にどのような生活に直面するのでしょうか。

 

 

来るべき2025年問題

さて、最近になってようやく表面化してきた2025年問題。世間的には高齢者の増加による一面ばかりが取り沙汰されていますが、問題はそればかりではなく、それを契機として、問題は更に広がりを見せそうです。

 

老人が増えすぎたのが問題

2025年には、高齢者一人を、労働世代1~1.8人で支えるようになると言われています。

 

参考リンク

 

さて、しかし今回は問題提起だけでは済みません。私の率直な意見として、高齢者は適切に減らすべきだと考えています。

 

元来は自然の流れで死んでいく者を、倫理という言葉をかさに、徒に生かしていく行為。これまではその数がそう多くなかったので、そこまで問題ではありませんでしたが、これからはそうではなくなってきます。

 

家族はもちろん、本人が死を望んでも、病人は生かされ続けます。尊厳死という言葉も世間に馴染まず、生産性の低い人口だけが増え続けるゾンビ国家へと日本はなりつつあります。

 

参考リンク(週刊現代)

「2025年問題」をご存知ですか? 「人口減少」「プア・ジャパニーズ急増」…

 

終身雇用制が受け入れにくい社会構造

現代社会の構図として、老人、生産性の低い・ITに疎い中高年が高給を取り、未来を創る若者の資産を奪い続けている状況です。しかし、それを望んでいるのが国民の多数、という状況。国家全体の平均年齢が50歳に届こうかという現在、これを覆すことは不可能に近いでしょう。

 

老人の、老人による、老人の為の政治が続きます。

 

しかもこの政治は、今の若者が老人となる頃には破綻し、その時に老人となる今の若者が恩恵を受けられるとは考えにくいです。そのころには、既に新しい世代に入り、新世代の為の政治が始まっているでしょう。現在の若者は終始、老人の為に搾取され続けるのです。

 

 

労働者不足に対し、外国人労働者受け入れという安易な解答

バカじゃない? って、感想はそれだけです。政府が一生懸命考えた答えは、この上なく稚拙です。

 

しかし、現状を鑑みればそれ以外に手はありません。不思議ですよね。もっと他に手段がありそうなものですが、即効性のあるものはこれしかないんです。

 

こういう状態をなんというのでしょうか。そう、「詰み」、もしくは「チェックメイト」ですね。どう足掻こうと、よほどのことがない限り未来は変わりません。それこそ将棋で言えば、王は一度に限りワープすることが出来る、などという滅茶苦茶なルールを新設しない限り、どうにもなりません。

 

都心にて外国人(主にアジア系)を見る度に、私は思います。国に帰れ、と。誰がどう考えても治安を悪化させる一因にしかなりません。そうでない人も居るでしょう。ただ、どちらの方が多いかと聞かれれば、やはり迷惑の方が勝る。現在、日本で住んでいる外国人の層が悪いのです。

 

ですが、金のある、権力のある層にとっては、これらは問題ではありません。彼らは外国人からサービスを受けることはないのですから。そういう枠組みにいることを承知の上で、このような政策を策定しているのです。

 

 

社会の成長速度の急激な低下

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画像転載元(pixabay

活力のない者たちが多数を占める社会。これから国内はその状態で進むことを余儀なくされています。

 

認識されない、取り払ってはいけない壁

老人は単純に肉体的・思考の壁があり、そして外国人には言語の壁があります。

 

その壁を持ちながら、彼らは一般的な社会の中で生活していかなければなりません。その度に、その壁を取り払うのは一般生産者なのです。

 

売買などがその例です。レジでもたつく老人、日本語が読めず、求められる当然の行動ができない外国人。

 

これは決して彼らを悪として捉えようとして記載しているのではありません。しかしながら、これから先、社会の体力が急速に奪われていく中で、これまでと同じように安穏とした気持ちで彼らを迎え入れることが出来るでしょうか。

 

老人の介護は誰も得をしない

端的に、そして最悪な言い方をします。

 

不必要な老人を介護する為に、不必要な労働枠として外国人を受け入れることに対して、どう思われますか?

 

元来、介護要員という概念が存在しなければ、それらの人材・費用が適切に社会で活躍できるのです。介護というものは、人類の進化、成長の為には何も生みません。長老と呼ばれる指導者、そして知識の宝庫として老人が存在していた時代は終わりました。今後、彼らは疎まれ、どう搾取されるかという対象に回らざるを得ません。

 

繰り返しますが、一般国民の多くには何も罪はありません。今からほぼ確実に起こりうる、最悪なケースというものは過去にも想定されていたはずです。

 

その問題を、議席が欲しいばかりに先へ先へと見送り続けていた政治が悪いのです。

 

 

何よりも、国が機能していない

国がもっと話し合えるはずでした。

 

しかし、政治というもの見ている限り、本当に国家のことを考えている人間がどのくらいいるでしょうか。ほとんどの者が自分の保身を考え、そして我々にとって意味のない政治的勝利を目指し、アホらしい答弁を繰り広げているように見えます。

 

そもそも、PCも使えないような老害となった者が議員の多数を占めているのが問題です。彼らが新しい風を呼び起こし、そして決定的な打開策など見いだせるでしょうか。2000年以降の政治で、一体何が変わったでしょうか。何か国民の生活がよくなり、そして将来に光を見出せるようなものがあったでしょうか。

 

衰退国家、昨今、日本はこのような表現で呼称されることが多くなりました。既に打てるべき有効な手はなく、全てがその場限りのもの。

 

尊厳死という概念が強く叫ばれています。ですが今更、人の生死に関する倫理観を一気に覆すようなことはできないでしょう。結果、じっくりと日本は死んでいきます。ゆでガエル、という表現も最近では多く見るようになりましたね。

 

参考リンク(東洋経済ONLINE)

財政の「ゆでガエル状態」は、どれだけ危険か

 

 

衰退国家として、未来の見えない日本国~まとめ~

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画像転載元(pixabay

今回は非常に暗い話題ですが、出生率の低下、そして独身の増加、高齢者の増加、外国資本に買い叩かれる様など、既に多くの点でその兆しは見えています。

 

これまで、日本国は寛容であり、豊かであり、そしてあまりに自由でした。その結果がこれです。

 

大きなスケールではなく、これを個人に当てはめてみればもっとわかりやすく、誰でも納得できるでしょう。先行きも考えず、碌な努力もせず、その日その日の快楽を求めて生きる。そういう人物に輝かしい未来があるはずもありません。

 

今回、強い表現を用いたのは、あまりにまだ多くの方が余りにも無関心であるように見えるからです。現状こそ、国民が一丸となって考え、立ち向かわなければならない事態であるのに、誰も脅威が目の前に迫っているのに、それから目を背け、まるで他人事のように考えている。

 

とはいえ、私も日本という国のことを考えてこのようなことを書いてはみたものの、既に愛国心のようなものはありません。手段・状況が整えば、何のためらいもなく国を捨てます。もっとも、そう簡単にいく話ではないのが悲しい所です。

 

しかし、もしかすると、誰もがこういう考えで行動しているから、何の危機意識も持たず、安穏とした気持ちで日々を過ごしているのかも知れません。富裕層などは実際に海外に出始めていますからね。金の切れ目が縁の切れ目、それならどんどん日本は切られていくでしょう。何かあったら真っ先に逃げることが出来る富裕層が国を破壊し、何かあっても逃げることはできない一般市民を、破滅の方向に導いているのです。

 

しかしながら、これから先もIT、AIなども併用し、なんとか日本は生き残っていくでしょう。ただ、それでも再生は早くて今世紀後半です。人口はとっくの昔に億を下り、今を生きる高齢者、そして中高年世代が既に世を去ったあとです。

 

もしかすると、過去にない不幸な世紀となるかも知れません。思えば、日本は太平洋戦争、バブルなどいくつかの不幸を除き、ずっと発展を繰り返して来ました。ちょうどいい調節になるかも知れませんね。

 

以上、最後までお読み頂きありがとうございました。当記事が何らかの参考になりましたら幸いです。