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オンラインゲームに見る、熱中性の虚しさ

さて、長く続けていたオンラインゲームがあるが、こちらもそろそろ引退か、と思いつつある。

 

理由はFlash問題に起因するもの。それがなかったら、そこそこ課金(30万くらい)して来たので、続けたい気持ちもある。だが、同じくらい、辞めてもいいかなあと思う気持ちもある。少なくとも、今年中は本格的な復帰はないだろう。まあ、その間に終了しそうだけど。

 

30万と書くと、やっぱり「おおっ」と思うところもあるが、それでもゲーム内ではかなり少ない方だ。それで、まあそこそこ強い方だと思うし、十分楽しめたと思う。そう、楽しかったんだよね、その感情があるだけマシな方だ。サービスを楽しむ為にお金を使っただけで、それ自体は有意義だったと思う。そもそも、サービスに金を払うのだから、「何も残らないものに金を使った」訳ではない。

 

参考記事(当サイト内記事)

 

オンラインゲームは消耗品

画像元(pixabay)様

オンラインゲームというのは、割り切って楽しむものだと思う。そもそもそういう風に作られている。

 

まず、一時的に強いアイテムを手に入れたとしても、必ず時を置いて再販・強化版が発売される。それが二回、三回と続けば、大金はたいて手に入れたものも、すでに凡庸レベルとなる。後半(ゲームの寿命的に)のインフレは非常に激しいものがある。ここで頑張れば一気に強プレイヤーとなれるが、しかし残った期間は少ない。

 

また、そのインフレ具合はひどく、それまでの数年間で積み上げられたものが、二、三か月で覆されていくレベルであるから、既存ユーザーも先を見越して課金には慎重になる。

 

開発費やサーバー・従業員の給料的な面から、必ずプレイヤーに課金を促すものでなければならない。これが為に、先のインフレ化は免れない。

 

 

ただ一つ、「競争性」が加味されたばかりに

ゲームをする年齢層は極端に上がりつつある。昔は十代、長くても二十台後半で多くの方がゲームを終えた。

 

それが競争性という要素をを追加しただけで、多くの人が巻き込まれ、中毒者が増えていく。ゲームというのは、積極的なプレイのようで消極的である。結局は、とある強くなる為の道筋があって、そのために作業をやらされている。

 

しかし、仮にクリック一つでさえ、プレイヤーの意思があり、それが積もり積もって、結局みんな似たようなプレイングに落ち着いている。

 

よくよく見てほしい、課金している連中はみんな、同じようなステイタスではないか?

 

しかし、だれもが「自分だけの」プレイングをしていると錯覚している。

 

そうなると、そのデータに対する攻撃は、非常に自分自身の深い所を攻撃されたように感じる。一言でいうと、怒る。そしてその劣等感、敗北感が課金一つで覆せることができて、かつ勝利の美酒を得られるというのなら、それはなんと手軽だろう。

 

それが中毒性となる。

 

また、お金と時間(慣れれば単純作業)さえあれば、有能な人間に容易に勝つことができる。

 

だから、実世界で劣等感のある人間が金をつぎ込んだり、金を持っているだけの中高年・老人さえも嵌っていく。

 

参考リンク(ポジ熊の人生記)様

【後悔】ソシャゲ課金の破滅パターンを伝えたい(経験者談)

 

 

オンラインゲームに見る、熱中性の虚しさ~まとめ~

競争性を煽るようなものはすべて、似た流れに落ち着いていく。根幹を考えてみると非常につまらない。

 

もっとも、世にはそういうものではなく、もっとテクニック、戦略を駆使したものもある。そういう類のゲームに当たれば楽しめる。もちろん、どんなゲームにも面白くない人間はいるから、これが大変だ、そればかりはどうしようもない。

 

結局のところ、課金要素にガチャが存在するだけで、そのゲームは危険だと思う。ネトゲや他人と一緒に楽しみたいのなら、PS、Switch系の共同プレイで楽しむのが一番無難で、有意義なものとなるだろう。

 

ちなみに、そんなに競争を煽らないモンパレは、純粋に楽しかったなあ、と思う今日この頃。

 

参考リンク(当サイト内記事)

モンパレ記事_サービス終了を受けて色々と考えてみた

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